「2021家族で新年を迎えて」ファーストケア

こんにちは、ファーストケアの松田です

「新年、明けましておめでとうございます」

 

2021年が始まりましたね

皆様はどんな新年を迎えましたでしょうか?

 

松田家は、父が不慮の事故で亡くなって9年目のお正月です

あの日から、家族は3人になりました

新年の恒例だった父の挨拶はなくなり、未だに寂しさを感じてならない「お正月」

 

そういえば、父が亡くなって、最初の年のお正月は

未だ忘れられない「最悪のお正月」でしたよ

 

家族皆、父の死を受け入れられていない状態での新年

残された家族同士が、当たりどころのない気持ちをぶつけ合った日

 

生まれて初めて妹と兄がケンカというか、ぶつかり合いました(7つ離れています)

 

怒り、罵声、不満、悲しみ、いろんなものの感情が崩れた日でした

 

 

理由は、兄、妹ともに”生前の父に対してのお互いの態度が気に食わなかった”です

 

 

兄は、父に罵声を時折吐いていました

(私も妹もその点が大嫌いでした、親子で自営業を営むにあたり仕事のやり方の違いでぶつかる事は多いので仕方ないところもあるけど、ただ兄の「言い方」がとにかく感情だったんです、しかし父は言い返すことをあまりしなかったんです、腹は立っていても後を継いでくれたことに感謝していたからだと思います、勿論親から「後を継いで欲しい」なんて一言も言ってないのですが兄の「後を継ぐ」という決断には尊敬しています)

 

妹は、休日の日家にいても部屋からあまり出てこない子でした

(家のことをしない手伝わないタイプ、いや不得意といった方が正しいかな。妹は12歳から学問に励み一人早くから寮生活をしてきたので「家庭」の流れを読むことが出来ないと言うかわからなかったんだと思います、例えばお風呂掃除する母のことを考えて遅くならないように早めに次々と入るなど・・)

 

家族とは言え、個々の集まりに過ぎない

また気質、人格、は「家族だから似てる」は関係ないこと

だから家族とは言え、合わないことやすれ違いはあって当然

(私も以前、必然的に思いがちになる「家族だから、、当たり前」のような枠に入れていた。その為、家族に勝手に期待したりこだわったり・・そして、そんな枠があるから苦しんだとわかり、それから「枠を外す」という思考を取り入れ楽に生きられています)

 

 

・・さて、話を戻して・・

そんなお互いの不満が元旦そうそうにぶつかったのです

 

あの日、家族が集まって年始なのに・・妹は起きてこなかった

 

それに兄がキレた

 

罵声が飛ぶ

 

それに反抗し妹が兄の胸ぐらを掴む

 

母、義姉、私、甥っ子姪っ子、「唖然」

何が起きたのか?これが現実なのか?

私たちの体が動き、声が出るのには少し時間がかかった

 

 

「止めて、正月そうそうケンカは止めて」と母が涙ながらに訴えた

続けて私も訴えた、涙がこぼれていた

 

数分後、ことは収まったものの

その余韻は最悪

 

妹は部屋に閉じこもった

 

しばらくして、兄が妹の部屋の前までいき

「言い過ぎた、ごめん」と謝った

 

妹も、「ごめんなさい」と謝った

 

 

兄は、根本は優しい人なんですが、カッとなると口調が強くなる傾向があります、ただ人を罵ったり馬鹿にしたりはしない、ただ声量が感情的になってしまうんです

父の死直後、兄が病室の片隅で誰にも見えない場所で声を出して泣いていたのを私は見ました、だから、こころの底から本気で後悔してるんだと感じました

そして、あの日から母に対しても口調が少し丸くなりました

 

妹は、ずっと勉強を励んできた松田家自慢の高学歴、だから「生活」に関して無頓着と言うか関心があまりない、部屋が整理されてなくても平気な方で基本マイペース(足の踏み場もないほど凄い)。でも繊細なこころを持っていて「気にしい」(※気にしい=気にし過ぎる)また、頭の回転が良い分面白いことを言ってくるから頼もしいですけど、、

妹は、寮生活が早かったぶん父とのコミュニケーションの時間が私より短かった

そしてまた妹も、父の死後・・変わった

部屋が奇麗になったのです、そして今現在も保っています

 

そして、「母との時間」を意識してくれていて、今は県外だけどマメに帰省してくれている

 

それは私も一緒で、親を失う怖さ寂しさを知ったからだと思う

 

 

兄には家族がいるけど、嫁と子ども三人・・要は「自分の家族を持っている」

 

私と妹は嫁に行っていない・・だから「母」は大切な家族なのだ、そして失うのが怖い

父を亡くしてあなんな悲しい思いをするのなら、母よりも自分が早く逝きたいと思うぐらい

 

今年のお正月は、仕事をしながらしばらく実家に居座って過ごした

年々、母が歳老いていくのを感じる

気は元気でも身体の衰えを見るのは無性に寂しい

 

今年で71歳

ツヤツヤだった手はシワだらけ

力強かった目はショボショボに

張りのあったお尻は下がっている

 

それでもバリバリ働いている

自営だから退職日は来ない

家事も毎日こなす

孫のことも大切にしている

 

 

 

そんな母と過ごす時間は

とても頼もしい

私の好きな時間である

 

そしてこれからも・・

 

 

当たり前に日々を過ごしてきた自分に「明日が来ない日もある」と父が教えてくれた

 

腹がたっても責任を持てない言葉は言わない「言い方、伝え方」の大切さは無下に出来ない

母とケンカしても後腐れないように

楽しむときは精一杯楽しむ

自分の生き方は、後悔が少ない方が良い「もし明日死んでも」という気持ち

そして、もし大切な人が突然いなくなっても「変な終わり方ではない方がいい」という気持ち

 

 

私はそうやって人生後半を生きていく。

という気持ち(笑)